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『Happy Birthday dear……』






 4月2日 AM10:16 
 遅い朝の目覚めに少し重い頭を振りながら起き上がった燈馬は、枕元においてある携帯に手を伸ばした。
 画面には『4月2日 AM10:16』と表記されている。
ああ……今日、だ。
 日付を認識してから、大きく一つ深呼吸をする。それから部屋のカーテンと窓を開けた。
 外からまだ肌寒く感じる風と春を感じる匂いが流れ込み、燈馬の鼻腔をくすぐる。霞のかかった青空を見上げてさらに一つ深呼吸をした。
 燈馬は冷蔵庫を開けてゼリー飲料を口にしてから着替える。11:00に人が来ることになっているからだ。
 パソコンを立ち上げてメールに目を通していると時間になったのか、チャイムが鳴った。

「あ、すみません。今日はよろしくお願いします。」

 ドアを開けて相手を確認すると部屋へと通す。無言の人たち数人が燈馬の前を会釈して通り、部屋へと進んでいく。
 それからすぐに小気味よい音と暫くして美味しそうな匂いが部屋の隅々までに広がった。



 同日 PM6:33 
 燈馬の部屋のチャイムが鳴った。
 立ち上がってないパソコンの前にいた燈馬は立ち上がり、インターフォンに出る。

「どうぞ。」

 一言発すると同時にドアが開く音が玄関から聞こえた。

「何?こんな時間に来てほしいってさ〜。しかも手ぶら指定でしょ?こんな時間なのにご飯はどうする……って!ど、どうしたの?!」

 勝手上がり知ったりでリビングへとやってきた可奈は、いつもとは違う様子に驚きの声を上げた。
 いつもは可奈が持ち込んだ食べ物以外まともな食べ物が置いていないリビング。がしかし、今日は違ったのだ。
 テーブルには白いクロスがかかり、その上には花が飾られ、湯気の上がった料理が幾つも載っていた。

「燈馬君が作ったの?!」

「そんなはずないでしょう。」

「やっぱり?まあ、解ってたけど。ほら一応突っ込んでおこうかと思ってさ。……で、これはどうしたの?」

「僕が手配しました。」

「そりゃそうでしょうよ。そんなことを訊いてるんじゃなくて」

「水原さん、お誕生日でしょう。」

「えっ……あ……明日だけどね。」

 燈馬が誕生日の日付を間違えているのかと思った可奈の声は少し不機嫌なトーンになる。
 その声に燈馬は慌てて弁解を言葉にした。

「あ、その……明日はちょっと……それでその」

「……まあ、燈馬君も忙しいからね。――でも。うん、うれしいよ。お祝いしてくれる気持ちがうれしい。ね、冷めないうちに食べよ?」

 会話を終了させて、可奈が座ろうと席に向う。その後ろを燈馬がついていく。

「ん?何どうかした?」

「いいえ。なんでもないです。」

 燈馬がにこやかについてくるのを首を傾げる。
 可奈が椅子の背に手を掛けるよりも先に手を伸ばすと、椅子を引いた。

「どうぞ、水原さん。」

 いつもじゃありえない燈馬の行動に戸惑いを見せる可奈。だけどそんな可奈を気にせずに燈馬は椅子をセットして可奈を座らせた。

「えーっと……少し早いですが、21歳のお誕生日、おめでとうございます。お酒は大丈夫でしたよね?」

 可奈の横に立ったままテーブルにセットされていた瓶へと手を伸ばして、手際よく栓を抜きグラスへ注ぐ。気泡があがる蜂蜜色にグラスが変わっていく。

「〜〜〜と、燈馬君?!こ、こんなことまでしなくていいって!!自分でやるよ!」

「駄目ですよ。今日……じゃない、明日は水原さんにとっての記念日でしょう?僕はその記憶のお手伝いです。」

「記念日って。去年とかそんなこと言ったことないじゃん。」

「言わなかっただけで、毎年思ってたことです。……えっと、見ての通り僕たちだけですので、テーブルマナーとか気にせずに楽しく美味しく食べましょう。」

 自分のグラスにもシャンパンを注ぐと、可奈の向かいの席に座った。



 同日 PM8:18
 並んだお皿がきれいに片付くと、燈馬はデザートを取りに席を立った。
 燈馬の姿が視界から消えたのを確認した可奈は、聞こえないように深呼吸を一つ吐いた。

――燈馬君…変っ!何がどうなってるの?!どっかのレストランの方がこんなに緊張しないって!!なんでここでケータリング!しかも2人っきりって何?!
そりゃここで年中2人でご飯は食べたりしてるけど……き、緊張する〜〜〜

 頬に手を置くと熱さを感じる。それがアルコールでの熱さじゃないことくらい、可奈にもわかっていた。

――だけどどうしてこんな今までしたことないようなことをするんだろう。何か隠してる?あっ……もしかして……アメリカへ帰ってしまうとか……?じゃあなに?
 これは誕生日パーティー兼最後の晩餐?……それ、ありうる。もしかして明日帰るとか。だから今日私の誕生日を前倒ししてるんだ。

 答えが出た可奈は席を立ち、用意をしているキッチンへ行く。そこには慣れない作業を悪戦苦闘している燈馬の姿。
 それを見て思いつめていた顔が緩み、笑いが零れそうになる――が、頭を振って真剣な眼差しで燈馬のことを見据えた。

「あ、あのさ燈馬君っ!!」

「水原さん。紅茶でいいですよね。って、席に座っていてください。今日は」

「違う!あ、あのさ……聞きたいことが、あるんだ。だから手を止めてくれる?」

 可奈の思いつめた声に、ポットに淹れた紅茶と温めてあったミルクをカップに注ぐ。そして「熱いですよ」と声をかけ、カップを渡した。

「えーっと……なんでしょうか?話でしたら向こうで聞きますが。」

「ううん、ここでいい。……ねえ、本当は明日アメリカに帰るんじゃない?だから今日こんな形で私の誕生日兼最後の晩餐をして……くれてない?」

「……えっ?!うわあっ!熱いっ!!」

 唐突な可奈の言葉に燈馬は口元へ持っていったカップを落としそうになる。

「ど、どこからそんな話が出てきたんですかっ?!」

「どこからって……燈馬君の行動を見ていたらさ、そんな気がしたんだよ。」

「僕の行動からって……〜〜〜あの、今日は水原さんの誕生日を本気でお祝いしようとしての」

「解ってるよ!だけど燈馬君らしくないじゃん。誕生日は明日だよ。こんなイージーミスするはずないじゃん。だとしたらわざとでしょ?
 明日、どんな用があるんだよ!こんだけ手の込んだことをしていて、でも明日じゃない。……そう考えたら……明日、どうにもずらせない用がある。
 そう、たとえばそれは――渡米の予定、という――」

 可奈の瞳が「ちがう?」と問い詰める。
 ――燈馬はその瞳をしっかりと受け止め、自分も同じくらいの真剣な瞳を向けた。それは可奈が先に逸らすくらい、強く、真面目な視線。

「水原さん。僕がアメリカに行ったらイヤですか?」

「……そんなことべつに」

「水原さんがアメリカに帰れって言うならばいつでも帰ります。それこそ明日にでも、です。」

「っ!!私はそんなこと言ってない!なんでそんなこ」

「じゃあ何でアメリカに帰るのを怒ってるんですか?」

「帰るのを怒ってるんじゃ」

「じゃあ明日きちんとお祝いをしてその次の日に黙って帰るのならばこんな怒らない、と言うことですか?」

「……」

 燈馬に逆に問い詰められる。逸らした視線はクッションフロアーの床を見つめたまま、動かない。

「解りました。ならば明日もう1度水原さんの誕生日を祝わせてください。それで……あさってには渡米できるように手配をしておきます。それならばいいんですよね?」

 燈馬のため息交じりの台詞にビクッと体を震わせた。

――本当に居なくなる?!そんなの…やだよおおお!!!

「……だ。イヤだからっ!!何で誕生日のお祝いをしてもらってるのにこんな気持ちにならないといけないんだよっ!
 燈馬君が悪いんだ!慣れないこんなことするし、アメリカ帰るとか言うしっ!」

「慣れないことは確かにしてますが……。」

 可奈の視界の外で燈馬がため息を吐く。その音が可奈の耳から離れない。
 音を振り切るように床から手元へと視線を移す。何気なく瞳に映ったカップの異変に可奈は思わず息を飲み込んだ。

――持っているカップの……紅茶が細かく波打っている。何で?……あ。なんで私、震えてるの?燈馬君、本当に居なくなるんだ……

 瞳に映るカップの中の細かい波。その波は可奈の瞳を通して胸の中にも立ち始めていた。




 同日 PM8:49
 2人の周りを沈黙が支配する。時間にすると数分もなかったが、2人には何時間にも感じていた。
 その空間を打破したのは、燈馬だった。
 可奈の視線の先。カップの中の波が不意に止まったのだ。――可奈の震えが、燈馬の手によって押さえられていた。
 燈馬の行動に慌てて顔を前に向けると、目の前に真剣な眼差しで覗き込む燈馬の顔が視界に入り、一瞬にして顔が熱くなるのを感じて、慌てて視線をまた逸らした。
 しかし、燈馬はそれを許さず、可奈の視線の先へと覗き込む。

「な……」

「アメリカに帰るなんて言ってませんよ?言い出したのは水原さんです。そんなにアメリカに帰したいなら別ですが。」

「そんなこと!……そんなこと言ってないっ!!ってか手離して!」

「ダメです。このままにしておくと水原さん、カップ落としそうじゃないですか。」

「落とさないからっ!」

「いい加減、はっきりと言ってみませんか?」

「何をだよっ!」

「僕を……好きだって。だからアメリカに帰ったらイヤだって。」

 『好き』の言葉に体をビクッとさせ、燈馬の手がなければ本当にカップを落としていた。
 可奈の視線があちこちに動くのを燈馬は観察する。真っ赤になり、絶対燈馬と顔も視線もあわせない!とがんばっている可奈を見て、嬉しそうに笑んだ。
 空気が変わったのを可奈は燈馬の手から伝わった。ゆっくりと瞳を燈馬へと向ける。
 そこには優しく自分へ笑む燈馬の顔。その笑顔に可奈の顔はさらに真っ赤になった。

「か……ってなこと、言うな!」

「勝手ですか?……僕は好きです。水原さんが好きです。だからこれからも一緒に居たい。
 ……今日誕生日をお祝いしたのは……このまま、日付変更以降、明日まで一緒に居たかったからです。
 水原さんが僕を想ってくれてなければその……バカみたいですが……僕のこと、好きですよね?だったらもう……いい加減、僕に堕ちたらどうですか。」

 笑んでいた瞳が再び真剣なものになり、燈馬の唇が想いを伝えた。
 真っ直ぐに見つめられた可奈は手を掴まれたまま力が抜けて、床にぺったりと座り込んでしまい……燈馬を見つめたまま、真っ赤な顔で微笑んだ。

「なんだぁ……そっか。」

「なんだ、とはあの……。真剣に口説いてるんですが。返事もしないで笑うなんて失礼じゃないですか?」

「だって……燈馬君、本当に帰っちゃうのかと思ってたんだもん……。なんだあ、堕ちたらだなんて……バカだな、もう。」

 一世一代の告白を笑われた燈馬はこれからどうしていいのか解らずに唇を噛んだ。
 苦虫を噛み潰したような表情を浮かべると、とりあえず危ないから…と可奈からカップを取り上げてシンクに置いた。
 カップを置いて再び可奈へと向くが、感情が丸出しの表情のままだった。

「……バカ、ですみませんね。」

「違うよ。そういう意味じゃなくてさ……。『堕ちたらどうですか』だなんて言うから……気づけってば。とうに堕ちてるっつうの。だから一緒にいるんじゃん。」

「?!そ、そんなこと、1度も言ったことないじゃないですか。」

「言ったことないよ。初めて言ったもん。でもそれは燈馬君だって同じじゃん。
 ……だからさ。燈馬君と一緒なら、どんなところへでも……地球の裏側だって地獄だって堕ちれるよ。今さらそんなことを言うからおかしかったの。」

 さらっと――極上の笑顔を燈馬に向けて言い切る。
 さっきまでの状況は逆転し、可奈の笑顔に今度は燈馬の顔が真っ赤に染まった。

「なんだ……帰るんじゃないんだ。よかった……ん?燈馬君、どうかした?」

 確認するように繰り返し呟く可奈がふと目の前の、うずくまる燈馬に気づく。
 声をかけられても頭も上げず、小さな声で呟いている。

「燈馬君?」

「やっと言えたのに……どうしてああもたった一言で僕のいろんなモノを撃ち抜くんでしょう……」

「とーまくーん?おーい。」

「〜〜〜聞こえてますっ!」

 返事はするが、指を床に立ててのの字を書きながら視線はどこか遠くを見つめている。

「もう!勘違いはわかったから。だから……きちんとお祝い、してよ。」

 視界に入る位置に可奈は移動して燈馬の瞳にしっかりと合わせる。

「えっ?」

「だから――20歳最後と21歳最初に、一緒に居てくれるんでしょ?」

 可奈の台詞に燈馬はさらに頭を抱えた。

「だからどうしてそうやって僕の台詞を取るんですっ!!」

「別にいいじゃん。結果は一緒なんだから。」

 なぐさめるが、うつむいた燈馬の顔は口を尖らせてへの字になっている。

――もうっ!ガキなんだからっ!

 そう思うが、可奈の顔は決して迷惑で困ってはいない。
 自分にしか見せない表情に嬉しさと愛おしさを感じている。

「じゃあ、これからまた燈馬君に主導権を返すから。ったく、どうして主賓がこんなに気を使わないといけないんだか。」

「〜〜〜すみませんね。面倒くさいヤツで。」

「そんなこと言ってないってば。ほら、まずこれからどうすればいい?」

「〜〜〜まずは――冷めた紅茶を淹れなおしましょうか。それからデザートをを食べて」

 まだ微妙な表情をしながらも気を持ち直して燈馬は立ち上がる。そして改めて紅茶を淹れる準備を始める。
 燈馬の行動にこの後のことを覚悟していた可奈はポカンとした表情を浮かべた。

「その『主導権』をあげたんじゃないんだけど。」

 拍子抜けの行動に少しがっかりな声で紅茶を淹れる後姿を見つめる。
 可奈の問いかけに燈馬は返事をしなかった。黙々とゴールデンルールを守りながら手際よく紅茶を淹れる。そしてソーサーに乗せたカップを一つ持ち、振り返った。

「〜〜〜て、照れてるんですっ!その……カップ落としたら2人共やけどしますからね!」

「えっ?」

 可奈の手にカップを差し出す。意味が解ってない可奈はそのまま受け取る――受け取った手に燈馬の手が、少しの時間差があって――唇が重なった。



 同日  PM11:59
「もうすぐ21歳ですね。」

「日付が変わって、お祝いを聞いたら帰っていい?」

「――帰しません。帰りたいですか?」

「これからが誕生日だもん。お祝いを貰わないとね。」



 4月3日 AM0:00
「Happy Birthday……」

 デジタル時計の表記が変わったのと同時に、燈馬はベッドの上で抱き寄せていた耳元に囁いた。

「Happy Birthday dear ……可奈……」

 ベッドの枕元の灯りのみの部屋。薄暗い中、燈馬のお祝いの言葉に可奈はくすっと笑う。

「気障」

 可奈の返事に苦笑いを浮かべながら抱き締めてる手に力を込めた。



了  2010.5.3
fin





『別館・桜花盛開』の椎奈様より頂きました!
”堕ちるネタ”に恐ろしく萌えた管理人に、恐れ多くも椎名様が書き下ろし、プレゼントまでして下さった作品です!(重ね重ねありがとうございます!)
あああ、もう! ッもうもうもう!!!!! 見てくださいこの溢れんばかりの萌え!!!!!! 二人とも大人! っていうか燈馬がへたれてて超つぼvvvす・ぎ・るッ!!!!!
テンションすみません。でもツボなんだもの仕方がないッ!!!
 椎名様、素敵な贈り物、本当にありがとうございました!!!
2010/06/27掲載


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