七夕に寄せて。

Not want to part with you.






 八月七日、折しも月遅れの七夕は土曜日だった。

 しかし、可奈の住まう地域は月遅れ七夕ではない為、別段、なにというわけでもない。
 休日の暇を持て余した可奈は、そろ昼にさしかかる十一時頃、近年の夏にみる温度の上昇を見越した上でのおしゃれな格好で、赤毛のポニーテールを陽気に揺らし、高級マンションの一角、想の住む部屋のドアを潜った。手には、薄手の七分袖カーディガンをいれたバッグと、近所のスーパーのロゴが入った半透明の袋が一つ。
 可奈からの事前メールで来る事を知っていた想は、冷房を強に保った上、また宿題の相手か、などと冷静に彼女を迎え入れる。冷蔵庫からお手製の、捨てることをせず前のパックも入れっぱなしの水だし麦茶を取り出し客人をもてなそうとしたが、その前に、その客人、可奈が、に、と笑って持ってきたスーパーの袋を突き出した。
「冷やし中華の材料買ってきた。
 もうすぐお昼だし、燈馬君ろくなもの食べてないでしょ? この可奈ちゃんが作ってあげようかとおもって!」
 にっかと笑った上機嫌な可奈に、想は、これが宿題の報酬ですか、でも解き方教えるだけですからね、だいたい水原さんは、などいう軽口を叩き、頭にちいさなコブをこしらえる。
 そんな他愛ないやり取りをした後、想はありがたく申し出を受けた。
 しかし客人ばかりを働かせるというのも手持ちぶさた。
 特に急ぎの用もなかった彼は、僕も手伝います、という言葉と共に、現在可奈と二人、自身の家のキッチンに立っていた。
 彼が任されたのは、冷やし中華の具材を切る仕事。
 手際良くも悪くもなく課題をこなしていった想は、最後、キュウリを手に取り、その切り方にあたりをつけた。店などで出てくる冷やし中華のキュウリは、おそらく横に斜め切りしたものをさらに縦に細かく切っている。
 想像したとおりの手順で、つたないながらも刃を。

『あ! ねえねえ想兄ちゃん!! 七夕っていろいろ逸話があるでしょ? 
 天人女房のパターンに日本だけの逸話があるって知ってた!?』

 一ヶ月前の七夕の日、マンションへと遊びに来た従兄弟の顔を思い出した。



「卵焼きも麺も準備オッケーだよー。ついでにわかめスープまで作っちゃった!
 そっちはど、おおおぅ!?!」
 想の様子に気づかなかった可奈は、くるりと彼を見、彼の仕事の末生まれた、ある意味芸術的とすらいえるほど、均等な、キュウリの中千切りに目を落とした。
 どうやって作ったか、キュウリ一本丸ごとの長さを誇りまな板の上に鎮座ましましている緑と薄緑の物体に、仕事をやり終え、満足感でにこにこしている想を再び見。
「麺と一緒にすれば嵩増しできるし、いいじゃないですか」
 なにこれ? と形容しがたい顔でまな板の上を指差す可奈の言いたいことを汲んだか、想はそんなことをのたまうと、ね! 極上の笑顔で首を傾げる。

ちょっと待て冷やしのキュウリはこんなに長くないだろぉ!?

 可奈は、心底、抗議したかった。
 が、目の前の想の、あまりに、にこにこにこにこした顔に、なにもいえず。
「・・・・・・ま、まあ、いい、けど、さ」
 想の提案通り、水で締めた麺とキュウリとを絡ませお皿に盛りつける。
 上に他の具材を乗せ、それぞれ汁をかけてカップにわかめスープをよそうと、お盆に乗せてリビングへと向かった。



 彼の家のリビング中央、黒く足の短い折りたたみ式テーブルに着いての食事も半ばをすぎた頃。
「味に不満はない、ってかおいしいんだけどね?
 なんで、キュウリ、一本丸ごと縦切りなの?」
 可奈は、お行儀悪く箸を突きつけ、怪訝そうな顔で想に聞いた。
 想は。
 もぐもぐと口に入れていた分を咀嚼し終えた後、済まして答える。
「僕の知っている冷やし中華にこういうものがあるんです。
 で、できるかな、と思って、まねしてみたんですよ。」
 上手くできてよかった。そう言って、にっこり。
 だからって、と器用にキュウリの細切りを一本箸で摘む可奈に目を向けてから、一ヶ月前の七夕の日、C.M.B.の指輪を持つ金髪に青い目の従兄弟、森羅と交わした話の内容を思い出す。


『日本だけの逸話?』
『うん。瓜の切り方を間違えて天の川が出来たって逸話は、日本だけにしかないんだよ』
『瓜の?』
『そう! 天人女房って、牽牛が織姫を追いかけて天に昇るよね? そこで牽牛は、織姫のお父さん、天帝に、お婿さんにして欲しいって頼んで、無理難題を幾つか吹っかけられる。
 その一つに、瓜畑の番が出てくるんだ。
 今まで、牽牛に忠告を与えて難題をクリアさせてきた織姫は、今度も忠告する。瓜に手を出してはいけません。どうしても食べたくなった時は、必ず縦に切って食べなさい、って。
 でも今まで散々言いつけどおりにしてきた牽牛は、そのぐらい破っても大したことない、って思って、瓜を横に切った。
 そしたら瓜から』


洪水が起きて、川になったりしたら困るじゃないですか。


 キュウリは瓜科。そんなことを考えつつ、想はまた一口麺をすすった。






 川、は天の川です。ありがとうございました!!(参考サイト様はこちら) (2010/08/07)